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INTERVIEW|社員が語る宇野バス 04

ある一人のお客様から
いただいた言葉が、
失敗続きで怒られてばかりいた
私の分岐点になった。

西原 真一 Shinichi Nishihara
2015年入社

教習の段階で辞めるわけにはいかない。
意地でも独り立ちしてみせる。

15年間トラックに乗っていたので、バスを運転することはわけないんですけど、お客様を乗せて走るには意識を変えないといけない。教習中は、それはもうがむしゃらにやっていました。ここで辞めるわけにはいかん!と。教習の段階で辞めるのは、自分なりに納得できないことでしたから。バスの運転技術を身につけて、独り立ちして、一通りバス業界を見て、それで合わないなら辞めればいい。途中で辞めたら「やっぱりね」って思われるんです。トラックに乗ることを辞めても、結局トラックに戻る人が多い。気楽なんですよ、トラックって。私も周りから「結局はトラックに乗るんだろ」ってよく言われましたから。意地でも独り立ちするまでは頑張ろうと思っていました。だから、見極め試験に合格した時は嬉しかったですね。自分でもよく頑張ったなと思いました。私の場合、一緒に入った同期がいたので、お互い励まし合えた。その存在も大きかったと思います。

規制緩和で運賃の下げ合いが続くトラック業界に将来性を感じられなくなった時に、それまで考えたこともなかったというバス業界が選択肢に。お客様とのやり取りにやりがいを感じている。現在41歳。

失敗が続き、もう辞めようと思っていた時に、
声をかけてくださったお客様がいた。

独り立ちしてすぐの頃は、失敗ばかりです。「なんでバス停に止まらないの!」とお客様に怒られたこともあります。わざと通過しているわけじゃなくて、安全確認と時刻を守るのに精一杯で、降車のことに注意が向いてなかったんですね。それに自分の運転技術が未熟なために、他の運転手であれば5分、10分の遅れが、20分や30分になってしまう。その日も失敗したことがあったんですが、ある一人のお客様がバスを降りられる時に「頑張ってくださいね」と声をかけてくださったんです。私が別のお客様に怒られているところを見ておられたんだと思います。その時ですね、この仕事で頑張っていこうと決意したのは。自分の分岐点になった出来事です。ただ、その人がどんな人だったのか、全然覚えていないんですよ。60歳くらいの女性だったような気がするんですが、顔が上げられなくて。降りられたバス停は覚えているので、どの人だったかなぁと、未だに考えるんです。

声をかけていただいたのは、独り立ちして1〜2カ月の頃のことです。トラックで失敗してもなかなかそんな言葉はかけてはもらえません。耳が痛い言葉も嬉しい言葉も、宇野バスへの信頼と期待があるからだと思います。

「ありがとう」の言葉に支えられて、
宇野バスが培ってきた信頼を守っていく。

宇野バスの運転手になってよかったことは、お客様が降りられる時に「ありがとう」と言われることです。お礼を言われることは、トラックではほとんどありません。実は、ホテルや飲食店で働いた経験から、お客様とあまり関わり合いたくなくてトラックに乗ったんですけど、トラックのように、まったくお客様と関わり合いがないというのも寂しいというか、やりがいを感じないというか。ただひたすら運転しているだけという感じで。その点、宇野バスには約100年もの長い歴史があって、地域のお客様の足として努力を続けてきたからこそ、「宇野バスがあってよかったね」と喜んで乗っていただける。バスから降りる時に、運転手に対して直に「いつもありがとうね」と嬉しい言葉をかけてもらえるのは、そうしたお客様からの厚い信頼があるからだと思います。宇野バスの運転手になるということは、その信頼に応え、守っていくということ。そこにやりがいを感じています。

面接を受けて、宇野バスは厳しそうなところだと思いました。入社したら今度は教習が待っていて、これがまた厳しかった。でもそれが宇野バスなんです。トラックとバスは違う。それを教えられました。

INTERVIEW INDEX

  • 角本 知行 1985年入社
  • 沖田 剛 2013年入社
  • 萬代 英二 2013年入社
  • 西原 真一 2015年入社