INTERVIEW|社員が語る宇野バス 05

僕は“老舗の会社”が
好きなんですよ。
大阪には宇野バスほど
古い会社はないですから。

山﨑 義和 Yoshikazu Yamasaki
2013年入社

宇野バスは大正時代からある老舗。
最初に乗った観光バスの会社も老舗でした。

大阪で観光バスに乗って20年、そのあと東京・熊本間1200kmを走る高速バスに乗って10年、それから56歳の時に宇野バスへ。ここに来て4年目になります。嫁さんや子どもは大阪です。「亭主元気で留守がいい」って昔ありましたでしょ。もうずっと前からそのパターンです。観光バスであちこち行ってましたし、東京にも10年住んでましたから。2カ月に一度大阪に帰る、今はそんな生活です。大阪出身なのになぜ岡山に来たかというと、きっかけは特になくて、そろそろ一定の場所に決めて路線バスに乗ろうかなと思って、たまたまインターネットをパッと見て。宇野バスは大正時代からある老舗で、昔から有名でしたしね。大阪にはそんな古い会社はないですから。僕は老舗が好きなんですよ。最初に乗った観光バスの会社も歴史が古いという理由で選んだほど。それに宇野バスのこの車の色が好きですね。昔のまんま。それも僕には魅力なんです。歴史を感じるところがね。

24歳の時から観光バスに乗り、現在60歳。運行管理から整備管理まで30年以上の豊富な経験を持つ。タイヤにチェーンを巻くのも5分あれば十分とか。技術面も安全面も運転手としては誰にも負けないという根性の持ち主。

500もあるバス停をどうすれば覚えられる?
先輩から励まされて、頑張ろうと奮起!

観光バスは路線バスに比べて1m長く、全長が12mあります。観光地に行ったら道が狭く、この12mをどうやって動かそうかと思う場面に何度も遭遇しました。バックで2kmくらい戻ったこともあります。でも路線バスならそれほど狭い道はないし、走る路線も決まっている。まぁ大丈夫だろうと甘い考えでいたら大変でした。バス停が500もあるんですから。56歳の頭で覚えられるのかと。道自体知りませんしね。でも先輩たちから「1年くらいかかると思うけど頑張れ!」と励まされて、「よっしゃ!もう一回頑張ろう」と。だから休みの日には、自分で乗用車を運転してバス停を全部回りましたよ。教習中に先輩の横に乗って、「あ、ここにバス停がある」というだけではとても覚えられません。自分が運転して「バス停はここだ」と確認できて初めて覚えられる。そうやって、すべての路線の停留所を覚えて社内のテストに無事合格。それでも完全に覚えきるには1年はかかりました。

エンジンのグリースはどうやるのか、チェーンはどうやって巻くのか、わからないことがあれば何でも聞いてよと若い人には声をかけています。あまりうるさく言って、うっとぉしいなぁと思われない程度にね。

宇野バスの教習が厳しいとは思わない。
お客様の安全を守るには当たり前のこと。

宇野バスの教習は厳しいと言う人もいますが、僕はそうは思いません。バス業界ならその厳しさは当たり前です。僕は路線バスのことはわからないから教えてもらう側で、怒られてもそれは自分が悪いから。歳が若くても先輩は先輩、注意されればそうなんだと思うだけのこと。気にしない性格なんですよ。宇野バスに来て思うのは、路線バスというのは生活の足で、お客様を安全に目的地に届けることがやりがいかな。観光バスと違ってシートベルトはないし、入り口と降り口が別にあり、ブレーキやドアの開け閉めなど注意する点は多いですけど、「観光バスの運転手さんみたいにブレーキが揺れないね」とお客様に褒めていただいたことも何回かあります。そんな時はやっぱり嬉しいですね。畑で作った野菜や果物を「運転手さん食べてね」と渡されることもあります。宇野バスにはいろいろな路線があり、その路線の数だけ人間関係がある。そんな触れ合いも楽しさの一つです。

この前ちょうど60歳になって、あと5年延長することが決まりました。社長は「70歳まで頑張れるか? わしゃ80歳までするから」って。70歳まで生きてないですよって言ったんですけど、65歳までは踏ん張るつもりです。